【連載】ラグのある暮らしを訪ねて。
vol.01 料理家・水野もと子さん
日々の生活に敷物を取り入れて心地よく暮らす。そんな生き方を実現している“ラグの達人”のライフスタイルを紹介する連載企画がスタート。第1回に登場するのは、岐阜県瑞浪市で自宅兼カフェ「ウィークエンドハウス」を営む料理家・水野もと子さん。豊かな自然に包まれたすてきな一軒家におじゃまして、その暮らしぶりや、ラグにまつわる思いをうかがいました。
フロアライフコンシェルジュ
畠 あけみ インテリアコーディネーター / カラーコーディネーター
リビングスタイリスト / キッチンスペシャリスト
一枚のお気に入りの敷物に出会っていただくためのお手伝いが出来ればとても嬉しく思います。
暮らしながら夫婦でつくった、森に佇む一軒家
「ウィークエンドハウス」があるのは、旧中山道から少し入った、まるで森のような木立に囲まれた道の途中。水野さんはここで、夫の直美さんと2匹の飼い猫、3匹の野良猫とともに暮らしています。この場所に一軒家を建てたのは今から40年ほど前のこと、自給自足の生活に憧れたことがそのきっかけだったそうです。
「25歳の頃は名古屋に住んでいて、長女を生んだことをきっかけに田舎暮らしをしたいと思うようになりました。幼い頃に親戚が住む古民家に遊びにいったことを思い出して、あんな暮らしをしたいなって憧れたんですよね。でも、住むなら300坪は欲しいと思っていたから、そう簡単には実現しなくて(笑)」
夢をかなえたのはそれから10年後、35歳のとき。基礎工事以外の内装などは自分たちで仕上げようと、毎週のように現場に通い続けました。さらに、ある程度できてきた段階で夫とふたりの娘と移り住み、その後も暮らしながら家をつくっていったのだとか。
「子どもたちは家を見たとき『螺旋階段があるかと思ったのにないね』なんて言ってましたね(笑)。最初はドアもないし、家具も収められないし、ないない尽くし。新築祝いでもらったスリッパが1週間でダメになるような環境でした。でも、住みながらつくる、そんな生活を続けて。井戸水を使っているんですけど、やっといい水がちゃんと出るようになって、この家に人を呼べるようになったのは5年くらい経ってからでしたね」
そうして完成したのは、斜面に沿って建てられた、懸け造りの白亜の家。道路に面した2階部分に玄関があり、24畳のリビングに連なる広いテラスからは木々を見下ろします。週末にはカフェスペースにもなる室内には、クッキングストーブや薪ストーブ、木製のカウンターが設えられ、まるで森の中の別荘といった趣。そして目を引くのは、部屋のあちこちに敷かれた多彩なラグたちです。
「ぜんぶキリムです。20代の頃から大好きで、最初に手に入れたのは、敷物を探していたときに偶然訪れた、イラン人が営む東京のショップでした。ペルシャ絨毯が並ぶ中、奥にしまい込まれていたキリムをオーナーに出してもらってね。まだ日本ではキリムがそれほど知られていない頃だったと思います。いつかはと思っていたから、すごくうれしかったわね」
愛してやまない「キリム」を長く使い続ける
キリムとは、中近東の遊牧民が伝統的に使用してきた敷物のこと。主に草木染めで着色した羊毛を使って平織りでつくられるため、軽くて丈夫、多彩なデザインが特徴です。水野さんが暮らしに取り入れたのは、この家に移り住んでおよそ10年後、友人に勧められてカフェをオープンさせたすぐあと。どんなところに魅了されたのでしょうか?
「もちろん色や柄、デザインにも惹かれますし、使い勝手もとてもいいんです。家具を引きずっても切れることはありませんし、そのまま洗えて、水切れもいい。ペルシャ絨毯や、最近はギャベも人気がありますけど、私はなんといってもキリムが好きですね」
産地として知られるのはトルコ、イラン、コーカサス地方など。羊が生息する環境が異なれば羊毛の質も異なり、水野さんが好きなのは糸の細いイラン製のものなのだとか。長年愛用しているラグたちは経年美を携え、同じく長く使い続けた家具たちとともに、ぬくもりと落ち着きのある空間をつくりだしています。
「もう、年中敷きっぱなし。飽きがこないんです。安いものではないから、主人には『もったいないよ』なんて言われますけど、猫たちもラグの上で寝ています(笑)。汚れたら洗えばいいんですから」
水野さんはカフェを営むかたわら、クッキングストーブを使った料理教室を開催しています。そのほか、作品展やコンサート、ガーデンパーティなど、この場所でさまざまなイベントを開催してきました。その中には、ラグにまつわる思い出も多々あるそう。
「『暮らし』をテーマにしたパーティを開いたことがあるんです。そのときに、キリムの業者さんに来てもらって販売もしたんですよね。私からすれば、暮らしをテーマにするならラグは欠かせませんから。お客さんもとても喜んでくれましたし、その業者さんからは謝礼がわりに何枚かいただいたりもしましたね。いろいろな出会いがあるんです」
それぞれに愛着があるというラグは、デザインも大きさもさまざま。水野さんは既成概念にとらわれず、ラグのある暮らしを自由に楽しんでいます。それでいてインテリアにまとまりがあるのは、天然の木材を生かした家と、その家から見える景色が自然そのものだからなのかもしれません。
旅行も必要ない、好きなものに囲まれた暮らし
「キリムは遊牧民が使っていたものだから、やっぱり自然に囲まれた生活と合うんですよ。業者の方も家の中を見て『板縁にはキリムが合うね』と言っていましたし、私もそう思います。やっぱりこういうものは、自然素材と相性がいいんでしょうね。我が家のフローリングは、との粉を塗っただけでコーティングしていませんから、カフェのお客さんも本物の木は気持ちいいっていう人もいますね」
そう話す水野さんは、現在73歳。時代の変化を感じ、「歳を取って働き続けるのもみっともないからね」と、カフェを続けるかどうかを考えているのだそう。その一方で、最近はさまざまな習い事を始めたと、楽しそうに話します。ちりめんを使った縫い物や、アクセサリーづくり、パンづくり、煎茶、体操と、その興味は尽きない様子。
「若い頃は、夢をかなえるために仕事ばかりしていたんですよ。お稽古ごとなんて二の次、三の次でしたから。習い事以外に旅行にも行きましたけれど、どのペンションを訪れても、うちより広いところなんてなかったんです(笑)。安普請の家ですけど、好きなものだけに囲まれたここでの生活には満足していますね」
水野さん夫婦だけでなく、カフェや料理教室などでも多くの人に親しまれているこの場所ですが、住み始めたときやカフェを開いたとき、「どうしてこんなところに」と言われることもあったのだそうです。そんな言葉を受けても、自分の思いを貫いてきたのが水野さんの生き方。
「そんなの勝手でしょって(笑)。私は私ですし、人を羨ましいと思ったこともないですね。子育ても意思があれば本人が勝手にやっていくので、腹をくくって見守ってきましたし、夢を実現するために夫婦で夜中まで働いて、この場所ができました。やっぱり自分の世界を持っていると強いんでしょうね。夢があれば現実を頑張れるし、楽しめる。ただそれだけなんだと思います」